東京、秋葉原

最終出勤日だった。ちゃんとできるか緊張しながら、関わりのあった人にご挨拶をした。このドアノブに触れるのも最後になる、と思いながら外に出ると、気持ちの良い秋晴れと昼のひかりがひろがっていた。明るくて、すがすがしくて、心地よかった。

たまにいくワッフル屋さんのトマト&サラミは今日もおいしかった。あらためて、街を眺めてみる。ここに勤めていたことも、それが今日で終わりであることも、とても不思議な気持ちだ。いまある生活の始まりを辿っていくと、どこで生まれたとか誰の元にうまれたとか、誰と暮らしているかとかには全く根拠がなくて、そういう完全な偶然性のうえに、選択があり、さらに偶然を重ねたり、また選択したりして、自分の生活をやっていってるんだなと感じる。

特に買うものもないけれど、駅ビルやファッションビルをぶらぶらしたりして、帰路につく頃には夕方になっていた。暗くなってくると少しさみしかった。

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いつのまにか人は24歳になっているし、いろいろな体温のことを思ったり、適当に会社勤めをし、そこで辞意を表明したのち異動したかと思えば、会社都合で解雇されて自由の身を手に入れることになったり、やはり髪が伸びたり爪が伸びたりしている。次に気づいたときは32歳になっているかもしれないし、そのとき何をしているのかもわからないけど、何をしていても自分が興味のあることをしているだろう。なにをかんがえて、どこにいるのだろう。考えると少しこわい。結局不安な気持ちは(私の場合)生きてる限り、どんなに恵まれた境遇にいても消えないのだなということを知る。でもこれは既に知っていたことだったかもしれない。生きて死ぬ、ひとつひとつ、もっとちゃんとできたら、ちゃんと向き合えたらな。